雨の予報が嘘のように晴れ渡った6月の下旬。古い長屋門をまぶしく見上げながらくぐり抜けると、昔ながらの農家の佇まいをみせるY様邸が姿を現します。Y様邸はこの度、ASJ松本中央スタジオで二階部分をリフォームしたばかり。階段を登って、完成したお部屋を拝見させていただくと、そこには、深く色付いた梁と白い漆喰のコントラストの美しい、やさしい空間が広がっていました。
「築八十六年で、この二階は養蚕をやっていた場所だったんです」ご主人の説明をお聞きし、かつて蚕室として使われてきたというその歴史を思いながら見上げると、深い色味の梁が、とても特徴的な形をしていることに気がつきます。
「これはトラス梁といいます」今回Y様邸のリフォームプランを提案された建築家の清水先生が、そう教えてくださいました。トラス梁はもともと西洋のもので、こうした古い農家の外観からは想像できない、珍しい作りだとのことです。「大正時代、建てられた方も請け負った地元の大工さんも、新しいことに対する理解や情熱を持った人たちだったのではないかなと思いました」(清水先生)
Y様邸は、「これにつきる」と感じた清水先生の提案により、古民家の歴史的な味わいを活かしたリフォームで、生まれ変わることとなったのです。
風通しのいいリビングでYさんご夫婦にお話をうかがっていますと、「最初は、建て直すかリフォームするかを迷っていた」という打ち明け話をお聞きすることができました。この特徴的なトラス梁は、失われていた可能性もあった、ということなのです。
「はじめは子ども部屋を作るということで、リフォームを考えました。同時に、耐震の心配があって、その工事も考えたのです。耐震工事をした上でリフォームにするか、それともいっそ新築で建て替えるか。見積もりを見て、もしかしたら新築で立て替えたほうが安いのではと、いろいろ悩みました」(ご主人)
Yさんご夫婦は、完成見学会や古民家再生のチラシを見ては、様々な所へ足を運ばれたそうです。そうした中で、ASJ松本中央スタジオが開催した相談会を通じ、建築家の清水先生と出会います。
古民家と耐震について深い知識と経験をお持ちの清水先生は、Yさんご夫婦に「この大正時代のトラス梁を活かせないか」という、リフォームの提案をされたのです。
「大きな部屋も出来る。今あるものを活かして、この先も何十年も住めますよ。耐震の面でも大丈夫」という清水先生の助言によって、ご夫婦はリフォームを決断されます。それは、時間をかけて悩んできた家づくりの夢が、実現に向けて動き始めた瞬間でもありました。
今回、Yさんご夫婦と建築家の清水先生をつなげたASJとは、どのような働きをする所なのでしょうか。ASJ松本中央スタジオの山本さんに、ASJの役割についてうかがいますと、まず「お客様と建築家との、幸せな出会いを演出する場」との説明がありました。
ASJ松本中央スタジオは、お施主様と建築家の出会いから、プランニング、施工、そしてアフターフォローまでの全体に関わる、いわばお客様の家づくりを支えるプロジェクトチームとしての機能を果たすということです。
「建築家と家づくりをしたい、提案を受けたいという思いはあっても、最初から『どんな建築家がいいのか』『どんな家で暮らしたいのか』という具体的なイメージを持っていらっしゃるお客様は少ないと思うのです。家づくりへの選択肢を明確にし、お客様に合った建築家の先生との出会いを作っていくのがASJです。また私どもは建築家を紹介するだけでなく施工も担当するので、お施主様の希望や建築家の先生とのやりとりをすべて共有し、施工担当としての意見も入れながら、一緒になって家づくりをし、バックアップしていきます」(ASJ松本中央スタジオ・山本)
家は建てて終わりではなく、ずっと先の未来にまで関わっていくものです。家づくりにおいては、このように、末永い関係を重視することも重要なことのように思われるのです。
ちょっと誇らしげに写真のためのポーズを取ってくれたU君。ピアノを披露してくれたHちゃん。「心にゆとりが出来た感じがする」そうおっしゃる奥様の言葉も、大正時代から続く歴史あるトラス梁にしっかりと支えられた生活空間に広がります。
ご主人も「ちょっと時間があれば掃除をしたくなります」と、笑みを浮かべておっしゃいます。「朝とか時間があると掃除しています(奥様)」、「もう、それは自分からやりたくて、自発的に(ご主人)」。そんなご夫婦のやりとりにも、今回のリフォームへの満足感が溢れているかのようです。
「住まいは家族関係に大きく影響を与える。その意味で、建築には怖いところもあります。やっぱりみんな笑顔でいてほしい」そうおっしゃった清水先生も、そんなYさん一家の様子を見て、やはり笑顔になっているのでした。
当初、子供部屋を作りたいとの思いで始まったY様邸のリフォームは、伝統を活かしながら将来を見据える清水先生の提案によって、Y様ご家族のための《人生のプラン》として形となりました。生まれ変わったY様邸は、これからも末永く、ご家族の素敵な未来を見守っていくことでしょう。

清水宏/SHIMIZU HIROSHI
長野県建築士事務所協会松筑支部支部長、『木の文化と環境フォーラム』副会長、『松本衣デザイン専門学校』評議員を歴任。
2002年松本市の『古川司法書士事務所』にて建築士事務所作品展において佳作受賞。
2003年富士宮市の『箱階段のある家〜現代版民家のすすめ』にてFORESTOMORE2003奨励賞受賞。
2006年軽井沢町の『軽井沢の家〜日本式西洋館』にて建築士事務所作品展の佳作受賞。2009年軽井沢町の『中軽井沢の家〜2地域居住を考える』にて建築士事務所作品展の佳作受賞。
一級建築士事務所 住まい考房

vol.3終わり
「うれしくて、家にいることが楽しくて、すっかり出不精になってしまいました」。コーヒーの香り立ち上るお部屋で、少し照れたようにほほえみを浮かべる奥様がそうおっしゃると、ご主人もその言葉に優しくうなずきます。M様邸は、ほどよい落ち着きで満たされた、それはまるで、お気に入りの雑貨を並べて作ったカフェにお邪魔したような、くつろぎの空間でした。
当初「家を建てる」ということに熱心だったのは、奥様のほうだったといいます。「半ば趣味のようにきれいなお家を見に行ったり、素敵なものを見てイメージを膨らませたり」(奥様)。ご主人はその様子を「ちょっと先走ってるなあ(笑)」と思いながら見守っておられたそうですが、お互いの夢を話し合う内に、イメージは具体的なプランとなり、やがて現実のものとなりました。
家づくりの第一歩は、まず夢を話し合うことから。ご夫婦それぞれの夢にも、微妙なイメージの違いがあるものです。Mさんご夫婦も、奥様が「私がまず、こうしたいっていう家のイメージを持っていて」とおっしゃれば、ご主人も「ここはちょっと譲れないっていうところが」と、描く夢に少しの違いがおありだったご様子。
そんなご夫婦の家づくりは、設計士さんを交え、話し合いを深めていくなかで、次第にまとまっていったようです。
「(夫婦で)お互いに目指すところは違ったけど、設計してくださった方のセンスがよくて助かりました。イメージを伝えると、見える形にして提案をしてくださって、ひとつひとつ決まっていくという感じで」(奥様)「わたしたちにイメージがあっても、具体的な形はよくわからないところがある。そこをわかりやすく形で提案してくれて、これこれ!と」(ご主人)
奥様が「何でも相談できたんです。ほんとにくだらないような小さな事まで聞いてくださって」と気さくにお話しくだされば、ご主人からはこだわりのお風呂の裏話なども飛び出し、M様邸では、まるでカフェでお茶をしながら弾む会話のように、ふわっとした心地よい時間が過ぎていくのです。

お話を聞いている間、一人娘のHちゃんはリビングにいて、みんなの話を聞きならお絵かきをしています。大きな窓からたっぷりと入ってくる日の光で暖かく、誰からも見える場所です。ふと気づいて見渡すと、M様邸には、どこにいても人の気配の通る作りの工夫があり、それが気持ちの明るさを引き立たせながら、住む人のコミュニケーションも演出しているかのようです。
間取りから小物使いに至るまで、「ちょっとしたことも、ひとつひとつしっかり悩んで決めた」と奥様がおっしゃるように、そこかしこに女性らしい細やかな配慮がみられます。
細かくイメージを伝え、具体的な提案がなされ、しっかり悩んで、悩み抜いて決めたプラン。それでも、実際に家が完成していく過程のなかで、何か困ったことは起こらなかったのでしょうか。思い切ってお訊ねすると、奥様が「ひとつ、ほんとに細かいことで」と教えてくださいました。「取り付けられた手すりの金具がどうも気に入らないと思って、工事の途中で付け替えてもらいまして」
ほんとに細かいことですいませんと、奥様が、M様邸の担当者であった松本土建の矢口さんに言いますと、矢口さんは「それは、実は私どもにとって、ありがたいことなんです」と、ぱっと明るい笑顔で返事をされます。
「その時に言われたら、対応できますし、後になって実はあのところが失敗って言われてしまいますと対応ができません。ですからそういったご要望は、大変ありがたいことなんです」(矢口)
ついに完成したM様邸。そうした経緯から、完成見学会では《「これでいい」が「これがいい」になるまで》という名キャッチコピーが付けられたのです。

相談し、話し合える信頼関係の元、しっかりと悩み、現実の形となったM様邸。内装や小物使いも「トイレの壁やタイル、ライトも、お店やカタログで見て、これっていうものを選んだ」(奥様)ものばかり。お話しくださるご夫妻の言葉の端々からは、単なる買い物ではない、本当に一緒になって建てたという思い入れが伝わってきます。
他にもこんなエピソードも。「実は、実際に一緒に作った部分もあるんです」なんと、ご主人がご自身で漆喰を塗ったというのです。自分の家という思い入れには、実際に参加してつくったという実感もあってのことだったのです。
最初は奥様の希望だったという漆喰の壁。話し合ううちに納得して大賛成になったご主人は、仕事の合間に夜な夜な電気を点けて、壁の漆喰をご自身で塗ったのだそう。「軽い気持ちだったんですけど、素人なりにネットで調べたりして」(ご主人)
「やり始めたら思った以上に大変でびっくりして、結構やりがいがありました」と笑うご主人。担当者の矢口さん曰く「こういうのは、うまいヘタではなくて、やることに意味があると思って楽しみに見ていました」
ご主人は、最初にあまり人目に付かない二階の寝室から練習を重ねていき、最後に塗った一階部分の壁などは、表情と味わいのある実にいい仕上がりとなりました。奥様も「二階を塗り始めたときは、思った以上に粗いなと思ったんですけど、頑張ってくれて」と感謝のご様子。ご主人も「できたときは大満足でした。自分が一緒に参加したって言う、充実感がありました」と、笑みを浮かべてお話しくださいます。
そして、ご夫婦そろって家を見渡し「いい家だなあ、ってよく自画自賛してる」(奥様)「にやにやしてます」(ご主人)と、しみじみおっしゃるのです。

実はご夫婦には、一番最初から温めていた共通の夢があったのだそうです。それは、新婚旅行先のメキシコで買ってきたハンモック。「いつか家をつくる時は、このハンモックをつけられる場所を作ろうっていうことを言ってたんです」(奥様)
二階の日当たりのいい一角に、そのハンモック・スペースはありました。午後の穏やかな日に包まれて、ゆっくりと読書をしたり、お昼寝をしたり。「柄のいいものはおみやげにあげちゃって、今かかってるのはちょっと、なんですけど」そうおっしゃる奥様ですが、お嬢さまのHちゃんは、自慢げにモデルさんに立候補。きっと、お父さんお母さんと一緒にいられるこの素敵な家が大好きなのでしょう。
キッチンで洗い物をする奥様のそばで、お手伝いをするHちゃん。冷蔵庫には「いまこういう鳥が飛んできたんだよ」と描き上げられたHちゃんの絵が飾られています。
外の寒さから家族を守り、冬のお日さまをふんわりと取り込む。あたたかな畳スペースでくつろぐご主人が見守るのは、一人娘のHちゃんがお雛様を愛でる後ろ姿。ほっとする家族の幸せを凝縮したひととき。
「自慢の家で、今も楽しみがある」と語るMさんご夫婦。形になった夢の家は、これからの長い生活の中で、より一層、居心地の良さも深めていくことでしょう。
冬でも部屋を明るく照らす窓からは、暖かい日の光が差し込み、鉢植えに実った苺と、Hちゃんの描いた力作が、ふんわりとした光の中に包まれているのでした。
vol.2終わり

つつじの花がやわらかく風にゆれ、樹齢130年の檜がまっすぐにそびえ立ち、流れる川からは水音が聞こえてくる。そんなお庭を持つO様邸は、木々の緑の中で白壁の映える、とても上品なお家でした。
「外観がごてごてしていない、単純で、あっさりした家がいいとお願いしたんです」(ご主人)
その思いを基に山岸建築デザイン事務所が設計を担当したO様邸は、松本土建が施工を請け負い平成20年に竣工を迎えました。
「シンプルに、きれいに暮らしたい」(奥様)そんな願いが形となって生まれたO様邸は、景観に調和した外観を兼ね備えたことも評価され、松本市の平成20年度最優秀景観賞を受賞することとなったのです。
O様邸の特徴である、大きく張り出した曲がり屋と前庭は、来訪を歓迎するかのような開放感を演出し、訪ねて来た人々を迎え入れてくれます。入り口から広く舗装されたアプローチには、上品な印象を与える明るい色のカラーが使われており、景観を損なうことなく調和しています。
また、玄関脇には現代的なデザインで生まれ変わった井戸が残されるなど、伝統的な古い農家を思わせる外観を持ちつつも、細部まで気を配ってデザインされたモダンな建物としての魅力を大いに備えています。そして、畑や庭木の緑多い中に佇むO様邸は、派手さを控えた切り妻の屋根の風合いと相まって落ち着きのある趣を見せているのですが、それは柔和な笑顔で快く迎え入れてくれた夫妻の、優しい人柄をうかがわせてくれるもののようでもありました。
「最初に、とにかく収納をたくさん、とお願いしました」(奥様)
お話をお聞きすると、ご夫妻の一番の願いは収納にあったということがわかります。「私はどちらかというと、お掃除は好きで、物があちこちに出ていないシンプルできれいな生活がしたかったんです」(奥様)
その言葉の通り、余分な物が外に出ていないすっきりとした敷地内は隅々まで掃除が行き届いています。
特に目を引く曲がり屋の中を見せていただくと、きれいに整頓された棚と漬け物の桶や瓶があり、物置としての収納力は抜群のようです。
「建てているときは、子供を集めて寺子屋でもやるのかっていう人もいたんです。それから三つ口があるから酒屋でもやるのかって想像した人もいたみたいで」奥様が笑いながらおっしゃると「あんなに立派な物置になるとは思わなかったね」と旦那様も笑いながら目を細めて相づちを打ちます。
こうして整然と整理された収納の中には、もしかしたらたくさんの思い出も一緒に、すっきり風通しよく整理されて保管されているのかもしれません。収納についてお話しくださるお二人の笑顔も、すっきりと晴れやかに見えてくるからです。
ご主人が特にお気に入りであるというリビングからは、広いお庭が一望できます。春と秋と庭師が二度入り、隅々まで手の行き届いたお庭。ご主人も満足そうに庭を見遣ります。ソファーに腰掛けて自慢の庭を眺める、ゆったりとした時間をこの家が演出してくれているのです。
奥様のお気に入りはやはりキッチン。「部屋に人がいても、そこからお勝手って言う感じに見えないでしょう?」(奥様)モダンな和のリビングからは、洋風なアレンジの施されたキッチンが見えますが、すっきりとまとまっているので雑然とした感じは一切なく、すっきりとして落ち着いて見えます。
「思い切って買った」(奥様)というル・クルーゼの鍋がいくつか置かれ、それ以外は「出しておくことが嫌いだから、全部しまえるように」という奥様の希望で大きな収納が作られたそうです。
施工担当者だった松本土建の高木さんにご苦労はなかったのかをお聞きすれば「収納のほうは設計の方とO様が直接お話ししてましたので、こちらはまったく知らないですよ」とこの家では冗談も弾みます。O様邸ではこのように、リラックスした空間で自然と会話が弾むようです。
施工主として見て、この家の作りのすごいところはどこかとうかがってみますと「この家は金物を使ってないんです。つなぎも木で埋めて釘を極力使わずにやっているんです」(高木さん)という答えが返ってきました。「大工さんと設計士さんが話をして、そういうことになったんです。雰囲気が合わないので。見えるところには極力金物を使ってないんです」(高木さん)
その言葉に、訪れたとき玄関ホールにいっぱいだった木の香りのことが思い出されました。O様邸は、ぬくもりのある木組みにこだわり、丹精に組み上げられていたのです。
「こっちとしては設計士さんと高木さんにめんどうなことはすべてお任せしたんです」(ご主人)「本当にもうすべて信頼してお任せしてたんです」(奥様)そうおっしゃるご夫妻の満足げな表情は、この新しいO様邸での生活の充実を表しているかようです。
とにかくシンプルに、そしてきれいに生活したい。それがO様ご夫婦の心からの望みでした。そのための大きな収納が設けられ、庭や井戸などの伝統を受け継ぎながらも、洗練された形で家が提案され、形となっています。
「物が出ないように、すっきり暮らしたい」(ご主人)「とにかくシンプルにやってということを」(奥様)お二人の人柄と居心地のいい空間によって、時間はあっという間に過ぎていきます。
落ち着きがあり、丁寧で品のある家。建物としての魅力も多いO様邸ですが、最も大きな魅力は、この家が、ご夫妻がイメージしていた人生を実現するための、気配りに溢れていることのように感じられます。
同時に、施工主である松本土建の高木さんによる詳しい説明を聞きながら、O様邸はこれから先の長い年月、適切なアフターメンテナンスを受けながら、快適な生活空間を維持しつつ、ご家族の未来を見守っていくのだという予感を抱かせてくれるのです。
シンプルに、そしてきれいに暮らす。O様ご夫妻の願いはこの家で、日々やさしく積み重ねられていくことでしょう。
vol.1終わり